ビジネスの流儀 第2回――ビジョンには「らしさ」が欲しい

村上世彰容疑者の逮捕で、「ファンド資本主義」の暗部が晒される中、阪急・阪神の統合問題は終結へ向けて動き始めた。統合の背景には鉄道事業の長期低落傾向がある。気がついたら、両社は矛先交えるコンペティターではなく、同病相哀れむパートナーになっていた。

さて、しかし、経営統合とは難しいものである。ハード資産の統合による圧縮効果はあるだろうが、問題は人材をはじめとするソフト資産である。ただちに現場の統合へ進むはずもないが、昨日の仇敵と将来はひとつ屋根の下に暮らすには、それぞれが培ってきた組織の規範や習慣や性癖を乗り越える「何か」が必要になる。

新しい経営ビジョンがそのひとつだ。経営ビジョンは企業の究極のメッセージである。いったいわが社は何になりたいのか? 社会にどのような価値をもたらすのか? その目的に向かってどんな方策を採るのか? これらを集約的に語るメッセージがビジョンだ。

私はビジョンには「目的」と「文化」が含まれていると考えている。まず、企業が持続的な活動を続けていくためには、共有された「目的」が必要だ。それも高くて遠い目的の方が良い。高い目的だからこそ人は覚悟を決めて旅に出るのであって、低く近い目的なら気軽な散歩になってしまう。一方、「文化」はその企業固有の思考・行動パターンであり、他とは異なる「らしさ」だ。そこには、各社がそれぞれの歴史の中で培ってきた「どうしても譲れないこだわり」が息づく。

「目的」は正論ゆえ、どこの会社も似通ってくるのは仕方ない。「社会に貢献する...」「地球に優しい...」などのフレーズがコピーされたように頻出するのはいささかうんざりさせられるが、問題はそれを本気で追求しているかどうかにある。
一方、「文化」の方は「ちがい」がなくては話にならない。その企業が他のどの企業とも違うことを明らかにするのが「文化」である。これがしっかり書き込まれていなければ、ビジョンに迫力が生まれない。

ジェームズ・コリンズ達の名著『ビジョナリーカンパニー』によれば、ウォルト・ディズニー社のビジョンは、1)皮肉な考え方は許されない、2)一貫性と細部にあくまでこだわる、3)創造力、夢、想像力を活かして絶えず進歩する、4)ディズニーの魔法のイメージを徹底的に管理し守る、5)何百万という人々を幸せにし、健全なアメリカの価値観を讃えはぐくみ広める、の5つである。
前の4つが「文化」で最後の1つが「目的」である。私見では、「文化」の方に強烈なこだわりがある。ディズニーという企業が何に依拠してふんばっているのかが伝わってくる。
阪急も阪神も鉄道業界では傑出した企業である。旅客運輸で関西圏にもたらした寄与ははかりしれないし、百貨店・不動産・エンタテインメントなどの分野でもユニークな成果を生み出してきた。宝塚歌劇と阪神タイガースはそのシンボルだ。
ただし、「統合しながらも両社はそれぞれの歴史を大切にし、独自の道を歩む...」では先が見えない。伝統を活かしながら、つぎの目的に向かってこだわりある新しい文化を育んでほしい。

(フジサンケイビジネスアイ 2006/06/14)