基礎編その3『コンテンツは「場」から生まれる』

【連載】戦略広報のためのコンテンツクオリティ向上策

経営という行為の大半は「場」の運営です。

経営者とは、「場」でものを考え、「場」でことを決め、その決定事項を遂行するための「場」を設定する人々のことだ、と私は考えています。

前回、コンテンツは「オブジェクトとしての情報」であるばかりでなく、「プロセスとしての情報」でもあるということを述べ、企業コンテンツでは、特にプロセスが重要であることを述べました。

なぜなら――「企業のコンテンツにはせいぜいのところ『妥当性』しか存在しないからです。その妥当性が、ステークホルダーとのコミュニケーションによって検証され、より妥当なコンテンツに高められ、あわせてコミュニケーションを通した合意形成によって共有されていくプロセスに、コンテンツマネジメントのもうひとつの重要な意義があるからです」

では、このオブジェクトとプロセスは、実際のコンテンツマネジメントの中でどのように位置づけられ、どのような手法によって扱われるのでしょうか?

ここで重要なのは「メディア」と「場」というふたつの概念です。

「メディア」とは、コンテンツを一時、定着し、固形化する装置です。

定着や固形化の期間はたった数分から数千年までかなりの幅がありますが、「一時」であることに変わりはありません。
メディアは、人間の記憶の有限性、あるいは伝達しうる範囲の限定性を補ってくれます。

「場」とは、対話を通してコンテンツを生み出し、変化させ、合意が成立する環境です。

コンテンツは「場」から生成される、と言い切っても間違いではないと思います。
もちろん、「場」は抽象的な空間(スペース)ではなく、ある状況を含む「場面」ですから、コンテンツを「モノにする」ためには、その状況や場面にこちらから積極的に関わっていく姿勢も必要です。

メディアについてさほどの説明は不要でしょうが、「場」についてはもう少し解説を加えておきます。
なぜなら、ここにはコンテンツマネジメントのきわめて重要なポイントがあるからです。

コンテンツを扱う時に――特にコンテンツ編集力の高い方が――犯しがちな失敗は、コンテンツを自分だけで作ったり、加工したりして、形式的に「場」へ持ち込もうとすることです。
それは確かに整ったコンテンツかもしれませんが、「場」の力に支えられていない空虚なコンテンツです。そんなものには誰もコミットしません。
コンテンツ生成における「場」の意義や機能を自ら放棄したことで、本質的な過ちを犯してしまっているのです。

もうひとつ、メディアと場の相互関係や相互作用に触れておきましょう。

コンテンツは「場」から生まれ、「場」で変化し、合意されますが、きわめて揮発性が高いためにいったんメディアに定着(凍結)されて、保存されます。
そして、次の「場」で解凍され、再び、生成・変化・合意というプロセスの中に投げ込まれます。
会議の議事録を例に取れば、今のお話は分かりやすいでしょうが、実は、エンタプライズコンテンツのほとんどは、この「場」→メディア→「場」→メディア→「場」...を巡っていく「果てなき旅」なのです。

このエンドレスツアーは実際のところ、企業で働く人々に相当大きな負荷を強いています。

これをいかに効率的かつ創造的な旅にしていけるか――ここに、コンテンツマネジメントの大きな目的があることは言うまでもありません。