第1回 ライシュの描いた知的プロのネットワーク

《連載:コミュニケーション思想の先駆者たち 第1回》

90年代初頭にレジュメ雑誌という一風変わったコンセプトの企業広報誌のお手伝いさせていただいていた頃の話。
先方の若いTさんが近々退社するという噂があったので、同僚の女性に事情を聞いたら、こんな返事が返ってきた。
「彼って、シンボリック・アナリストになるために会社を辞めるんですって...」あの頃、私にとっても、Symbolic Annalistという言葉にはきらきらしたイメージがあったから、Tさんの決意表明を少し羨ましく思った記憶がある。

シンボリック・アナリストとは、弁護士・会計士・医師などの資格保有者からデザイナーやエディターなどのクリエイターまで含めた知的なプロフェッショナルを指す言葉である。
この言葉を流行らせたのは、クリントン政権の労働長官を務めたロバート・ライシュの代表作『ザ・ワーク・オブ・ネーションズ』。翻訳が出たのは1991年である。

ライシュは、"組織に属する人間が目覚しい仕事をする時代は終わった。これからは組織から自由な知的プロフェッショナルが、蜘蛛の巣(Web)のようにネットワークをつなぎながら革新的なプロジェクトを遂行していくのである"と自信たっぷりに語った。
ライシュは、"世界中に張り巡らされたヒューマンネットワークの中で、鍛えぬいた専門的知識で稼ぐ自立したプロ、という新しいワークスタイルの登場を宣言したのである。

まだ、インターネットの商用化が一般化する以前のことである。
ライシュはすでに、Webという言葉を使っていたが、World Wide Webという概念はこの世に生まれたばかりだった。組織に属さない個人が、情報を縦横に収集・編集・創造・利用しながら、組織と同等の(あるいはそれ以上の)仕事が出来るという実感はまだ薄かった。
ライシュの発言や思考に新鮮な驚きを感じた方----私も含め----は多くいたはずである。

ネットワーク。
20世紀も確かにネットワークの時代だった。先進国の放送ネットワークは最強のメディア企業だったし、多国籍企業の多くはもちろん巨大なネットワークの様相を呈していた。
個人が組織に敵わないのは、ヒト・モノ・カネの個々のリソースだけでなく、それらをつなぐネットワークの恩恵に与れないからだった。
そういう時代が終わりかけていた90年代初頭、ライシュは鮮やかに、個と個がつながる新しいネットワークのあり方を描いてみせた。

Tさんは、その後どんなシンボリック・アナリストになったのだろうか。