基本篇その1『エンタプライズコンテンツとはいったいなにか?』

【連載】戦略広報のためのコンテンツクオリティ向上策

コンテンツが重要だと言った経営学者は今のところまだあまりいないようです。また、アカデミズムはともかく、マネジメントセオリーの中でもコンテンツはごく最近まできわめてマイナーな話題でした。

コンテンツに近接する「知識」を扱うナレッジマネジメントでは暗黙知を重視する傾向が強く、形式知であるコンテンツはやや軽く見られてきたような気がしています。もう一方でコンテンツに近接する「文書」を扱うドキュメントマネジメントでは、どうしてもシステム方面に重心があるため、コンテンツという精妙な存在について語ることがなかったようです。ナレッジ、コンテンツ、ドキュメントという3つの情報様態の違いについては追々考えることにして、まずは、このエンタプライズコンテンツというものを簡単に定義しておきましょう。

企業活動は情報や知識をやりとりする無数のコミュニケーションによって成立しています。


大きく分類すれば社内のコミュニケーションと対外的なコミュニケーションというような二分法も可能ですし、開発・営業・管理などの業務分野で細かく分けることも可能でしょう。トップダウンやボトムアップというコミュニケーションスタイルによるカテゴライズもありますし、会議や通達など公式コミュニケーションと立ち話や飲み屋の密談など非公式コミュニケーションで区別する立場もあります。


これらの企業活動に関わるコミュニケーションの中で取り交わされる情報のうち、ある程度「かたちになっている情報」「オブジェクトとして扱える情報」をコンテンツと(暫定的に)呼んでおきましょう。「暫定的に」とことわりを付けているのは、コンテンツの様態を詳しく見ていくと、「かたちのあるオブジェクトとしての情報」という定義がコンテンツの一つの側面であることにすぐ気づくからです。ただし、これはもう少し後で論じることにします。


企業のコミュニケーションでは、友人や家族とのコミュニケーションと少々異なって、一定の目的に応じた合理性というものが常に求められています。ある時間を費やしたコミュニケーションが目的に対して何らかの貢献を果たしていなければマズイのです。同様にエンタプライズコンテンツも、目的に応じた合理性(それを生産性や創造性と呼んでいますね)を持つコンテンツでなければなりません。飲み屋でうだうだと交わされた噂話はたとえ議事録になったとしてもエンタプライズコンテンツとは認められないでしょう。


目的に応じた合理性を発揮させるために、コンテンツに一定の形式を求めることもよくあります。営業員の報告なら成果は数字で表示されるべきだし、要件定義なら顧客の要求が明確に記載されていなければなりません。自由な討議を目的とするブレインストーミングでもアイデアを書きとめる書式を定めているでしょう。これらの「勘所」が欠けていてはエンタプライズコンテンツの仲間に入れてもらえません。


さて、コンテンツの様態について、少しだけ深い視角を二つ提供しておきましょう。


一つめは容器の話です。


奥村昭博氏は早い時期にプロセス型戦略論を論じる中で「コンテンツ」という言葉を使っています。奥村氏によれば、トップマネジメントは「戦略コンセプト」を提示し、ミドルマネジメントがそのコンセプトの中で「戦略コンテンツ」創り出す。こうして両者の相互作用が戦略を進化させていくプロセスこそ重要であるというのです。


ここで述べられているコンセプトとコンテンツという対比構造がコンテンツの在り方を的確に伝えています。コンテンツはそれ自体では成立・存在しにくいものであること、コンセプトという枠組みがあってはじめて、その中に可視化されるものであること、すなわち、コンテンツは必ず特定の容器(コンテナ)の内容物として立ち現われるものであるということです。コンテナにはコンセプトのような目に見えない概念レベルのものから、メディアのような物理的なものまでいくつかのレベルがあります。実はこのコンテンツ−コンテナーの関係を考えていくと、「コンテンツがコンテナを住み替える」という面白いテーマに突き当たるのですが、これも少し後にしましょう。


二つめはシナリオの話です。


エンタテインメントコンテンツとエンタプライズコンテンツの大きな違いは何でしょうか?
複数の差異を挙げることができますが、私はシナリオのあり方の違いだと思います。エンタテインメントコンテンツは、120分とか250ページとか連載何回分とかの限定した時空間で完結するシナリオを持ち、原則的にそれが変更されることはないのです。「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」という200分のコンテンツは、何回見ても同じシナリオによって制御されているはずです。


一方、エンタプライズコンテンツは完結したシナリオを持ちにくいのです。それは個々のどんなコンテンツも時間と変化のさなかに宙吊りにされていて、明日の出来事が今日のシナリオを変えてしまうからです。たとえ期首の社長メッセージがそれ自体で洗練されたシナリオを描き出していたとしても、当期の経営環境が大きく変われば、社長がメッセージでぶち上げた新規投資は無意味なものになってしまいます。後になって企業の軌跡をあるシナリオに沿って語ることはできますが、それを未来に向かって語ることはできません。


映画のように企業をつくることはできないのです。


少し別の言い方をしておきましょうか。


エンタプライズコンテンツではエンタテインメントコンテンツとは別の種類のシナリオが必要なのです。それはエンタテインメントコンテンツの「作り込まれたシナリオ」ではなく、切ったり貼ったりで「作り続けるシナリオ」なのです。