第2回 野中郁次郎さんの知識創造イメージ

《連載:コミュニケーション思想の先駆者たち 第2回》

ホンモノの野中郁次郎さんに会ったのはH社の主催するセミナーだった。
1990年代の半ばのことだと記憶している。
その日は、当時の私のボスと外資系コンサルティングファームの代表と、トリ務める野中先生の3人が、H社のソリューションビジネスのお客さんに問題解決(のナントカカントカ)というテーマで話をすることになっていた。

当日の講演で、私の印象に強く残っているのは、知識創造企業としてのマイクロソフトの強さに触れておっしゃった次のような言葉である。

"マイクロソフトはものすごくアタマのいい連中をたくさん雇って、彼らをめちゃくちゃに働かせて利益を上げる会社です。確かにすごい会社です。でも、私自身は、日本の企業の、そこそこのアタマのヒトたちが額を寄せ合って知恵を絞りながらやっていくやり方の方が好きなんですよ"

ああ、素晴らしい先生だな、と私は思った。

野中先生の『知識創造の経営』は大きな刺激を受けた経営書のひとつである。
ただ、企業を認知工学的に情報処理機能として見るのではなく、知識創造機能として見ようという「転換」はリクツで分かっても、実感が伴わなかった。

講演で聞いた"そこそこのアタマのヒトたちが額を寄せ合って知恵を絞りながらやっていく"という言葉でようやく、知識創造の「場」が腑に落ちた。
野中先生は、日本企業が自力で(欧米のマネジメントセオリーではなく)蓄積してきた「現場の方法」の本質をしっかり思い出せと言っているのだと受け止めた。

野中先生には後に(2001年10月)、小学館主催の「ナレッジピープルの時代――知識、IT、そして日本企業」というイベントにご出席いただき、資生堂の福原義春さん、富士ゼロックスの小林陽太郎さんと3人でお話をしていただいた。

私は、この豪華な組み合わせの鼎談で司会を務めることになってたいそう緊張したものだ。

その時、野中先生が「競争」という事態に触れて話された内容が印象に深い。
"他社との競争で差別化するなんてのは、後追いでダメなんです。自社が自分の限界をどう乗り越えていくかという視点で考えない限り、先は見えない。他者を見て何かをするような相対的な知ではなく、真善美のような絶対的な知、そこに向けて自己を超えていかなければならないと思うんです"

ひたむきに追求する知。野中理論にはどこか求道的な雰囲気がある。
教室で教えていただいたことはないが、私にとっては野中さんや野中教授ではなく、やはり「野中先生」である。