基礎編その2『コンテンツのプロセスもこれまたコンテンツ』

【連載】戦略広報のためのコンテンツクオリティ向上策

マネジャーや経営者は、ほとんどの時間をプロセスのために使っています。
コンテンツマネジメントでも事情は変わりません。
コンテンツの達人たちは仕上がったコンテンツではなく、むしろ、その生成や変化に強い関心を持ち続けています。

前回は「エンタプライズコンテンツ」というものを簡単に定義し、以下のように私の考え方をご紹介しました。

「企業活動に関わるコミュニケーションの中で取り交わされる情報のうち、ある程度『かたちになっている情報』『オブジェクトとして扱える情報』をコンテンツと(暫定的に)呼んでおきましょう。『暫定的に』とことわりを付けているのは、コンテンツの様態を詳しく見ていくと、『かたちのあるオブジェクトとしての情報』という定義がコンテンツのひとつの側面であることにすぐ気づくからです」

「ひとつの側面」というなら、他にも側面があるのかというお尋ねがあって然るべきでしょう。今回はこのあたりのことを考えていきます。

結論から先に申し上げれば、コンテンツは「かたちのあるオブジェクトとしての情報」であると同時に、「コミュニケーションの中から生まれるプロセスとしての情報」です。
我々はコンテンツという言葉から、輪郭のはっきりした、既に出来上がったものを想定しがちですが、これはコンテンツの一面に過ぎないと私は考えています。

コンテンツは、ある時間の経過(長い短いはあるにせよ)の中で、人と人のコミュニケーションを通して、変化していくという特徴を持っています。
特にエンタプライズコンテンツではこの傾向が顕著です。
前回の文章の末尾でこんな風に書いたことを覚えておられますか?

「エンタプライズコンテンツは完結したシナリオを持ちにくいのです。それは個々のどんなコンテンツも時間と変化のさなかに宙吊りにされていて、明日の出来事が今日のシナリオを変えてしまうからです」

企業のコンテンツは、トップの語る経営方針であろうと、マーケティング部門が採用したキャンペーンコピーであろうと、はたまた新卒採用のメッセージであろうと、それぞれが向き合う関係者(ステークホルダー)とのやりとりの中で、修正され、調整され、場合によっては革新され、廃棄されていきます。そして、このプロセス自体も、実は、コンテンツであり、コンテンツマネジメントの重要なテーマなのです。

丹精込めて作り込んだコンテンツが、時に「内野」や「外野」の一言で変形を強いられ、見るも無残なものになってしまった経験を持つ方は少なくないでしょう。
でも、それはいわば、企業のコンテンツの宿命なのです。

なぜなら、企業のコンテンツには「妥当性」しか存在しないからです。
その妥当性が、ステークホルダーとのコミュニケーションによって検証され、より妥当なコンテンツに高められ、あわせてコミュニケーションを通した合意形成によって共有されていくプロセスに、コンテンツマネジメントの本質があるからです。

ですから、経営企画部・広報部・人事部などで企業のコンテンツに関わるベテランの方々は、コンテンツの企画・設計を行う時に、そのコンテンツがどのような議論や反響を通過して、どのような変容を遂げていくのかをあらかじめ見込んでいるし、その変容を実際にトレースしています。
この方たちは、コンテンツそのものと同等に、そのコンテンツをめぐる議論や反響がきわめて重要なサブコンテンツであることを知っているのです。

「オブジェクトとしての情報」と「プロセスとしての情報」。
この二つの側面から、コンテンツマネジメントを考えていくことが求められています。