ビジネスの流儀 第12回――キャリアはデザインできるか

かつて「キャリア」と言えば、専ら国家公務員試験1種合格者で本庁採用になった者のことを指していた。「キャリア組」とは官僚として国家行政にかかわるエリートたちのことだった。つまり、普通の会社で普通に働くサラリーマンにとっては、「キャリア」という言葉はあまり親近感のある言葉ではなかったはずである。

状況が変わったのは、80年代後半に労働市場の流動性が高まり、転職がポジティブな人生の選択肢になってからのことだと思う。転職とは自分を労働商品として市場に差し出すことであるから、実務スキルや業務経験などのキャリアが商品の価格を決める要素として「対象化」されたのである。さらに、キャリアを「結果」ではなく、前向きに創り出すものとして捉えるようになって、「キャリアデザイン」という考え方も生まれた。

実は私も80年代後半の転職ブームに煽られて、14年勤めた中堅出版社を辞めた。80年代はまだ出版が知的アドバンテージを発揮していた時代だったが、その終焉を感じて映像ライセンスを扱うベンチャー企業に飛び込んだ。初めて財務諸表と取り組み、MBAという人種とつきあった。面白い経験だったが新規事業が失敗し、トップと喧嘩して1年半で退社した。

振り返ってみると、私も転職時に自身のキャリアデザインをうっすらと思い描いていた。あまりに乏しい現有の「キャリア商材」に愕然としていたし、同業他社へ移るのは潔くないと思っていたから、まったく別の場所で幅を広げようと考えたのだ。しかし、木に竹を接ぐようなことをしてもうまくはいかないもので、周囲の人たちに迷惑をかけてしまった。稚拙なキャリアデザインの冒険だったが、キャリアはプラモデルのように組み立てるものではなく、自分の中にあるものを押し広げることなのだと思い知った。

キャリア研究で著名な神戸大学の金井壽宏教授は、キャリア形成に関して「一皮むける」という現象に注目している。人間の成長は斬新的にゆっくり進むのではなく、ある節目で急速かつ飛躍的に起こるという。

伝統的な人事管理論では、キャリアは、①階層(出世)、②職能(専門領域)、③中心性(組織中枢への接近)という3つの次元で形成されると考えられてきたが、これは外面的なキャリアであって、もうひとつ重要なのは当人が自分の仕事を回顧・展望する内面的なキャリアである。「一皮むける」とは、内面的なキャリアがその人らしい一貫性を保ちながら、ひとつ上のレイヤーに達することであろう。自分のスキルや経験が新しい場面で使えるようになり、視界が急に広がる。他者との関係が従来とは違う意味を帯びてくる。いわゆる「器が大きくなる」というやつだ。

私の場合は、出版業界を飛び出して何年かたってから、(当時の感覚で言えば)スーパーザウルスのような規模のプロジェクトの統括役を引き受けて変化が訪れたような気がする。一皮むけたかどうかは定かでないが、トラブル続きで全身赤むけのすり傷だらけになりながら、これからはありのままの自分で仕事をすればいいやという開き直りの気分が生まれた。キャリアデザインなどというものはとっくにどこかへ置き忘れていた。

(フジサンケイビジネスアイ 2006/08/30)