フーコーの著作にちゃんと向き合ったのは1997年のことだ。
「知識と資本主義」というとんでもないテーマで文章を書くはめになったので、ガラクタ倉庫みたいな自分のアタマの中を整理する必要に迫られ、同時に足りないものを補給するべく、短時間に膨大な文献に目を通すことになった。
基本のストーリーラインは、「知識経済の成長」という90年代的なお題だったのだが、ドラッカー、サロー、ライシュ、ガルブレイスなどの啓発的な経済・経営学分野の著作をざっと通り過ぎてみると、その向こう側にはめぼしいものがあまりなかった。それに私の性癖として、「知識と資本主義」なんてことを考えると当然のように資本主義を支えてきた/いる近代的知識のあり方に目がいくことになり、ことはますますややこしく、気宇壮大なものになっていった。
こうしてフーコーによろよろと辿り着いた。
「エピステーメー」という言葉は知っていたし、フーコーがいわば時代精神の社会史のようなものを書いていることも知ってはいたが、『言葉と物』『知の考古学』などに直接アクセスしたことはなかった。
実のところ、このフーコー体験は消化不良に終わったが、自分なりの視点はもらった。それを『言葉と物』(1966)に拠って少しだけ紹介したい。
この本は、17世紀古典主義時代から18世紀以後の近代にかけて、その時代に特有な深層の知的秩序(エピステーメー)がいかに変貌したかを独特な視点で追跡したものだ。
まず、第一部でベラスケスの『侍女たち』やセルバンテスの『ドン・キホーテ』を素材に、古典主義時代がその前の時代とは異なって、言葉が物との対応関係を失い、自律した表象秩序として成立したことを明らかにする。息を飲むような分析である。フーコーは、その前の時代まで世界を統御していた王など絶対者の視点が作品の中に回収されて不在となり(例えば『侍女たち』の鏡の中の国王夫妻)、表象の世界がそれだけで自立していった経緯を辿っていく。
さらに、第二部では近代への変貌が論じられている。
近代の思考は表象の中に世界を納めておくやり方に飽きたらず、世界の実体や内実の分析に向かった。ここで採り上げられた近代思考の先駆けは、経済学のリカード、生物学のキュヴィエ、比較文法のボップ達。彼らは表面の秩序ではなく内部の仕組に関心を持ち、取引ではなく労働や生産へ、生物の標本ではなく解剖へ、言葉の分類から言語構造へ進む。「因果関係」というものが意識に上ってくる。重要なのは、こうした近代的思考とともに、不在の絶対者に代わって、生きた人間が世界に対面する主体として登場してくることだ。
生きた人間とは即ち死すべき人間、一生という時間的制約の中にある有限な存在である。16世紀ルネッサンスと17世紀古典主義時代まで、人間は世界の主人公ではなかった。だから人間の有限性は大した問題ではなかった。不在となった絶対者に代わって人間が立ち現れた瞬間にはじめて、人間はその有限性に気づき、それを抱え込むことになったのである。
ここから先は私の憶説だが、「有限性」に対する不安や配慮こそ、合理主義や機械論とならぶ(あるいはそれらのベースにある)近代知の特徴である。
産業革命のコンセプトである分業と工場生産は有限な人間の能力を最大限に発揮させようとするものだし、株式会社は個々では限りのある資金を多数の人間から集めることで事業の拡大と永続を目論む仕組だ。そもそも、将来へ向けて新しい何かを企てるという行為自体が有限性という影に怯える心性の裏返しなのではないか。
コミュニケーションという他者への働きかけも、「有限性」に対する不安や配慮と無関係ではないと私は思う。もちろん、はるか古代から、人類は何かを伝え合い、共有し、納得しあうための行動様式を持っていた。言葉も文字もその行動様式として生まれ、発展してきた。ただし、それは「企て」という近代の思考スタイルと結びついた時に従来とは異なるものへ変貌していったはずである。
フーコーはデビュー作『狂気の歴史』から最後の著作『性の歴史』にいたるまで、一貫して、知が権力へ転化する構造に関心を持っていた。知は分類し、差異化し、階層化することで、管理し、排除し、監禁する権力に奉仕する。
コミュニケーションは、それが情緒的なものであってもまちがいなく知の働きである。企ては必ず知を動員する。そして知はおうおうにして権力となる...今、私がフーコーに即して考えているのはこんなことだ。
