数年前、さる業界の二大企業が不採算部門を切り出して新会社へ統合することになり、PMIをお手伝いした。
PMIは、Post Merger Integrationの略称で、日本語では「合併後の統合作業」という意味になる。M&Aで合体した会社が、ベクトルを揃えて事業活動に邁進できるように、情報システムや人事制度などの経営インフラを一本化し、整備することだ。強みと弱みを補い合う「理想的な合併」でも、統合で失敗すると惨憺たる結果になるから、PMIはとても重要な作業だが、日本ではまだあまり盛んではない。
当社はPMIにおいてコミュニケーション課題に取り組むことが多い。冒頭の事例では、両社の組織文化に大きなギャップがあったので、まず「共通の言葉」をつくることに着手した。ふたつの組織がひとつになって、これからどこへ行くのか、それはどんな旅なのか、成功の確率はいかほどか、人生の一時期を賭けるに値する仕事なのか――これらの難しい問いに対して、経営陣が出せる最大限のメッセージを「ビジョン」として取りまとめ、社員に投げかけた。社員たちは、最初はぎくしゃくと、しかし次第に活発に新ビジョンを軸に会話を始めた。危惧されていた内部衝突は起こらなかった。
こういうやり方を私は「インナーブランディング」と呼んでいる。ふつう、ブランディングとは、顧客に向けて企業や商品の認知・理解を促進する活動のことである。でも、あらゆるブランディングには社員が関わっている。その社員が自分の会社に対する信頼を持っていなかったら、客に自社のブランドを説得することなど出来ない。ブランドを云々するなら、まず、社員に向けて自社のブランドを語り、その課題に一緒に取り組んでいくような態勢をつくるべきだというのが私の信条である。
インナーブランディングの「インナー」とは会社の「内側」であるとともに、社員ひとりひとりの「内面」という意味でもある。ここがしっかりしていれば、どんな小さな会社でも、ブランドは外に向かって輝き出す。
冒頭の事例では、インナーブランディングの基調は「未来」だった。過去のことはどうでもいい。それぞれ赫々たる過去の成功と栄光を背負った会社だったが、それは一時忘れていただくことして、新しい会社の未来のために、今、何をすべきかを議論してもらうようにした。
「融和」を目的にした会議で、若い現場のリーダー同士が気色ばんだことがある。出身母体によって人事上の「差別」があるという一方の意見に対して、もう一方の目が吊り上ったのだ。一触即発の場面だったが、ふたりの議論は感情に走らず、なんとか冷静な対話に立ち戻った。その様子を記録した社内メディアは、対立点をぼかすことなく、「未来への課題」として全社員に実情を開示した。こうして、統合という非常事態を乗り越えていく中で、内なるブランドが生まれていったことは想像に難くない。
ブランドは確かに企業の輝かしい象徴であるが、その輝きは後からくっつけたものではなく、企業の健康な内部から滲み出してくるものである。インナーブランディングは、自社への誇りという社員が一番求めるものを創り出す活動である。
(フジサンケイビジネスアイ 2006/07/26)
