桜の咲く頃に

横浜の自宅から最寄りの駅に行く途中、ささやかな桜並木があって、私の花見はまずここから始まります。先日の東京の開花宣言に遅れることなく、この並木の桜もちらりほらりと可愛いピンクの顔を覗かせました。

「ちらりほらり」といえば、平野愛子が歌った「港の見える丘」(1947)は、横浜の歌なのでしょうか。「あなたと二人で来た丘は港の見える丘 色あせた桜唯ひとつ 淋しく咲いていた」という歌詞には、敗戦直後とは思えない甘い憂鬱が漂っています。

桜の花が放つ華やかな気配が、焼け跡の残っていたはずの港町に不思議な明るさをもたらしています。遠く船の汽笛がむせび泣き、歌は「ちらりほらりと花びら あなたと私にふりかかる春の午後でした」と一番を結びます。

日本人は桜を見て、この季節だけに特有の感傷を表出します。それは来し方への肯定を含みながら、行く末へのある種の不安もはらんでいます。「港の見える丘」に登場する二人も同様で、その一人ひとりは各々の胸中に、次の年もともに桜を見るだろうかという疑心を隠し持っているのです。

こうした桜によって呼び起こされる「経年感覚」(年を経る感覚)は、最近の歌にもあります。竹内まりやのアルバム『デニム』(2007)に収められた「人生の扉」は、「気がつけば五十路を越えた私がいる」と歌の主人公が竹内自身であることを明かしながら、「満開の桜や色づく山の紅葉をこの先いったい何度見ることになるだろう」と自問しています。

彼女は私より3つ下だから、アルバム発表時に52歳。まだまだ若かったけれど、私自身もその頃から類似の感覚を持ち始めました(個人的には、「この釣り場にあと何度来れるかな」)。この「有限性」の感覚とでもいうべきものに気づき、あ、俺も歳を取ったものだなと独り言ちた記憶があります。

12世紀の歌人、西行が「ねかはくは花のしたにて春しなん そのきさらきのもちつきのころ」と有名な桜の歌を詠んだのは1180年代。彼自身はそれから10年も経たない、1190年に没しています(望み通り陰暦2月16日逝去)。72歳の生涯は当時としてはかなり長命ですが、よい頃合と言っていいでしょう。

今さらですが、超高齢化社会は、桜にまつわる我々日本人の死生観にも確実な影響を与えているかもしれません。それが証拠に、桜や紅葉をあと何度見られるだろうと歌ったまりやさんは、同じ歌のリフレインではこう豪語しているのです。

I say it’s fine to be 60
You say it’s alright to be 70
And they say it’s still good to be 80
But I’ll maybe live over 90