昭和天皇の友情(K’s Letter 2018 No.82)

「友情」というものを考えるときに思い浮かぶのは、(畏れ多くも)昭和天皇と南方熊楠(みなかた くまぐす)のことです。1929(昭和4)年6月1日、二人は和歌山県田辺の湾内に停泊したお召し艦長門の船上で会っています。熊楠によるご進講です。これがただ一度の出会いでした。

熊楠は、民俗学・博物学・生物学などに通じた在野の研究者です。密教的世界観を背景に、“東洋の科学”とでもいうべきユニークな知を追求した人物です。高等教育には縁がありませんでしたが、世界を広く歩き(曲馬団にも同行!)、イギリスでは大英博物館で本を読み漁り、科学専門誌『ネイチャー』などに多数の論文を発表しました。日本近代有数の、かつ破格の知識人です。

二人の会見は、昭和天皇が望んだものです。熊楠が長年を費やした粘菌の研究は、天皇の関心領域にも重なるものだったからです。きわめつけの奇人で知られる熊楠のご進講に反対する声もあったものの、天皇は意に介さなかった。

もともと動植物が好きなナチュラリスト少年だった裕仁が、生物学に本気で取り組むようになったのは、摂政就任後、大正末年の頃です。師の服部廣太郎の薦めもあって、終生のテーマとしたのは、ヒドロゾアという極小のクラゲ状の生物(正確には刺胞動物門のヒドロ虫綱)ですが、ほぼ同時期に粘菌の採集も始めています。最初は皇居の中で、那須や葉山の御用邸でも熱心に粘菌を探しています。

二人がともに粘菌に取り組んだのは、偶然ではありません。粘菌は、19世紀末生物学の最もホットな研究テーマでした。顕微鏡の発達によって、この不思議な生き物が、植物と動物の境界線を行ったり来たりする存在であることが分かってきました。粘菌は、それまでの生物学の常識を破るような、スキャンダラスな生命現象としてにわかに注目を集めていたのです。

中沢新一さんの『森のバロック』(1992)は、この“粘菌革命”を近代の認識論的転換として論じていますが、ここでは詳細は省きます。熊楠を論じた素晴らしい書物ですから、ご興味のある方はぜひ読んでみてください。ちなみに私自身は、粘菌の持つ「二重性」が、昭和天皇の思考を読み解く上で、ひとつの重要な手がかりになると考えています。

とまれ、1929年6月1日、船上で、熊楠は35分ほどのご進講を行いました。鶴見和子さんの著書によれば、熊楠は、かつてロンドンでもらいうけたつぎはぎだらけのフロックコートを着て現われ、「(1)和歌山県植物分布大略、(2)粘菌学上のご説明数条、(3)小生多年研究成果の内数条」を申し上げたそうです。天皇は粘菌に関する熊楠の知見に敬意を表し、熊楠もまた天皇を同学の学者として遇したのです。

またご進講の日、熊楠は百点以上に及ぶ粘菌の標本を天皇に進献しています。標本はすべてキャラメルの箱(ふつうなら桐箱です)に入っていました。でも天皇は、「それでいいではないか」と語ったと伝えられています。

翌日、天皇は、田辺湾内の「神島」へ上陸します。神島は古来神林とされる照葉樹林に覆われ、貴重な生物種の住む島でした。熊楠は何度も調査や採集のために訪れていますが、明治末期に神社合祀政策によって森林の伐採計画が持ち上がると、猛烈な反対運動を起こし、島を天然記念物に指定させることに成功しています。
この島へ天皇がやってきたのです。熊楠もそこにいたのでしょう。知人宛ての手紙のなかで、「この島にて小生のために特に脱帽遊ばされ候ことまことに恐懼の至り」と書いています。

二人にとって、この会見は生涯忘れられない日になったようです。熊楠は周囲の人たちの醵金六百円をもって、神島に自作の歌の歌碑を建てました。

   一技も心して吹け沖つ風 わが天皇のめてましし森そ

それから33年後の1962(昭和37)年5月。和歌山県白浜に行幸された天皇は、次の歌を詠んでいます。

   雨にけふる神島を見て紀伊の国の 生みし南方熊楠を想ふ

たった一度の出会いが生みだす関係があります。昭和天皇はかなり複雑な性格の持主だったと思いますが、おそらく天性のナチュラリスト、熊楠には心を許したのでしょう。粘菌という動植物の「間」を生きる生物が結んだ友情です。

もっとも1929年といえば、前年の張作霖爆殺事件をきっかけに、日中情勢が急速に激化した時期です。長門船上のご進講からちょうど1カ月後、天皇は爆殺事件の処理を曖昧にしようとする首相・田中義一を叱りつけました。
翌日、田中内閣は総辞職しますが、天皇は元老・西園寺公望などから、今後は内閣の決定に異を唱えるべきではないと厳しく諫められます。こうして立憲君主たるもの口をつぐめというルールは、昭和史を侵略と戦争へ導いていきます。天皇にとって、熊楠との対話は平和な時代の最後のひと時だったのです。
(菊地史彦 2018年6月25日)

参考文献
中沢新一『森のバロック』(1992、せりか書房、講談社学術文庫、2006)
鶴見和子『南方熊楠』(講談社学術文庫、1981)
原武司『昭和天皇』(岩波新書、2008)
毛利秀雄『天皇家と生物学』(朝日新聞出版、2015)