リヴァプールの奇跡(K’s Letter 2017 No.78)

松村雄策さんと2年半ぶりにお目にかかりました。昨年秋に脳梗塞で倒れ、一時は危ぶむ声もあったもののみごとに再起を果たし、新刊『僕を作った66枚のレコード』(小学館)を上梓されました。ああ、これなら大丈夫だな。遅ればせながら快気祝いの席を、松村さん同様古い友人である、みすず書房の尾方邦雄さんと設けた次第です。

松村さんを知らない人に、松村さんを説明するのは少しむつかしい。一言でいえば、ビートルズを生きてきた人、いやビートルズを生きることを仕事にしてきた人といったらいいのかな。私からすると、「音楽評論家」や「文筆家」という一般名詞はどうもしっくりこない。生業はその通りなんですが、この方の在りようはもっと求道的です。

出会いは1980年でした。新宿末広亭で初代・林家三平師匠を見る会をご一緒しました。少し後で初の著書『アビイ・ロードからの裏通り』(ロッキング・オン、1981)を読んで、自分もこの人に書いてもらおうと決意しました。6年後に結実したのが、書き下ろしの長編小説『苺畑の午前五時』(筑摩書房、1987)。この素晴らしい青春小説は、今でも版元を変えて書店の棚に並んでいます(小学館文庫)。

『僕を作った66枚のレコード』は、松村さんの10冊目の著書です。66枚は間違いなく松村好みなので、よくある名盤解説ではありません。だから楽しい。我々は確かにこのように聴いてきたという実感があります。中でもビートルズに触れた文言は、確信の中にわずかな感傷を醸していて絶妙な味わいがあります。『ア・ハード・デイズ・ナイト』に関するくだりを引用します。

『ア・ハード・デイズ・ナイト』である。僕が初めて買ったLPである(初めて買ったシングルは、坂本九の“上を向いて歩こう”だった)。このレコードによって、僕は完全なビートルズ・ファンになった。それが52年続いているのである。ビートルズのレコードの中から好きな一枚を選べと言われたら、これを挙げる。ロック、ジャズ、クラシック、歌謡曲などのすべてのレコードで選んで一枚でも、迷わずこれにする。『ア・ハード・デイズ・ナイト』で、僕の人生は決定したのである。そういう人が世界中に何万人何十万人いると、僕は確信している。

3人寄ると話題はほぼ音楽のことだけに集中します。この数時間に限っては、半島のミサイルも米国大統領も話題に登場しません。尾方さんは何でもよく知っているので、主要な会話はほぼ松村・尾方間で進行し、私は時々茶々を入れて横道への展開をはかる。それでも酒が進むに連れて話はどんどん狭く深くなり、結局はビートルズという「奇跡」に逢着していくのが常です。

我々がほぼ毎回持ち出しては溜息をつき合うのは、「リヴァプールの奇跡」。
その1は、人口70万人(当時)の中堅都市で、ジョンとポールというとんでもない才能がほんの2マイルほどの近所に住んでいたこと。
その2は、ジョンとポールの中学校には生徒の行き来があり、アイヴァンというポールの同窓生が二人の出会いを仕掛けたこと。
その3は、ジョンとポールが最初の遭遇で惹かれ合ったこと。さらに二人が自分の曲をつくるという共通の志向を持っていたこと。ここまでが本質的なミラクル。
ついでにいえば、ジョージがポールの学校の1年後輩であったこと。さらにいえば、ビートルズを世の中に送り出したブライアン・エプスタインのレコード店に、ビートルズのレコードを探しにきた男がいたことや、キャバーンクラブがそこから「250歩」の距離だったこと。

この「奇跡」のおかげで、1960年代とその後の音楽にはまったく新しい要素が付け加わりました。50年代のロックンロールとエルヴィス・プレスリーが切り拓いた身体ごとの官能性を、ビートルズは音楽そのものの可能性へもう一度転換してみせたといったらいいでしょうか。

ただ、その転換の意味するところは、人によって異なります。いや、もっと正確にいえば、それは、ビートルズによって世界との関係を変えてしまった人が各世代に無数に存在するという事実なのです。
ある人は、旧習と惰性に満ちた世界を破壊したいと思っただろうし、別の人はもっと穏
やかに、引っ込み思案な自分の生き方を改めようと考えたかもしれません。でも過激だろうが穏健だろうが、ビートルズが発した変化と転換の“雰囲気”は、従来のカルチャーとはまったく性質の異なるものでした。

松村さんを「ビートルズを生きてきた人」と紹介したのは、彼が「ビートルズ転換」をいまだに体験し、かつ起きてしまった「奇跡」の意味を飽くことなく問い返してきた人だからです。ビートルズを考え抜き、語り続けることを通して、世界の秘密に迫る彼の一途なやり方を、私は敬愛しています。

ささやかな宴席が終盤に近付く頃、松村さんが、「こんなふうにビートルズってすごいよなって語り合っている人間が、今この瞬間、世界中に何十万人何百万人といるんだよ」とつぶやく。そうだよね、と他の2人が深く頷く。何に感動しているのかと訝しい目を向けられそうですが、まあいいじゃないですか。我々はリヴァプールの「奇跡」を超えるようなミラクルを、その後手にしていないのですから。(2017年9月21日発行 菊地史彦)