おんばの啄木(K’s Letter 2017  No.79)

昨年の春まだ浅い頃、六本木のd-laboで、高橋睦郎さんとジェフリー・アングルスさんによる詩のイベントがありました。「母は謎、詩は不思議」と題する対談は、会場の参加者に予想外の衝撃を与えました。
高橋さんの軽妙なリードに誘われてジェフリーさんが語ったのは、生まれたばかりの彼を他人の手に託した「母」のことだったからです。
彼が昨秋上梓した詩集『わたしの日付変更線』(読売文学賞受賞)には、「親知らず」、「穴、あるいは母を探して」、「見なかった息子」といった痛切なのにどこか暖かい「母」の詩がいくつか選ばれています。

打ち上げの居酒屋で、新井高子さんに会いました。群馬県桐生市出身の彼女も詩人。私は、第2詩集『タマシイ・ダンス』(小熊秀雄賞受賞)で圧倒され、第3詩集『ベットと機械』に感服しました。しなやかなバネのような詩語は、第3詩集から桐生弁をまとってさらに勢いを増し、世界の裏側へ走り抜けていくような速度と煌きを持つに至りました。

その彼女がテーブルの向こうから、ひょいと渡してくれた紙片には、「詩のあそび『わくわくな言葉たち』」のメインタイトルに続いて、サブに「啄木短歌を大船渡の土地ことばに!」と記してありました。
居酒屋の喧騒の中で経緯を聞くと、岩手県大船渡市に通って、地元の「おんば」(年配の女性たち)たちと一緒に石川啄木の歌を土地の言葉「ケセン語」(気仙地方の方言)で訳しているのだという。へーえ、と要領をえないまま紙片へ目をやると、まず啄木の有名な歌が書き抜いてありました。

 友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
 花を買ひ来て
 妻としたしむ

そのとなりには、つぎのような“訳歌”が載っています。

 友だぢが おらよりえらぐ見(め)える日ァ、
 花っこ買って来て
 ががぁど はなしっこ

すごい! 私はビールのグラスを落としかけました。これが「おんば訳」!?

つぎの歌はこれ。

 かなしきは
 かの白玉のごとくなる腕に残せし
 キスの痕かな

この歌は、釧路の芸妓との切ない恋もようを歌ったものだそうですが、「おんば訳」は、つぎのような予想を超える詩境を拓いています。

 せづねぇのァ
 あの白い玉みだいな腕(けァな)さ残(のご)した
 チュウの痕(あど)だべ

うひゃあ! せづねぇ心持ちはキープしつつ、 その恋は太くたくましい確信に転じています。啄木の故郷の人々が、彼の悲しみを抱えてやりながらも、背中をドンとどやしつけているような風情がある。
ちなみに、メール文ではルビ(振り仮名)がつけられないので、カッコ書きになるのが残念。ぜひ、声に出して読んでみてください。

私が「!」を3つぐらいつけて驚嘆を伝えたのはいうまでもありません。彼女はニコニコしながら、おんばたちとの出会いや交流をかいつまんで話してくれました。
新井さんの大船渡通いは、2014年11月から始まり、「おんば訳」の会は2016年9月まで計9回行われたそうです。仮設住宅や総合福祉センターに集まった参加者は延べ約80人、訳した歌は100首を超えました。訳語をめぐってのケンケンゴウゴウの中では、新井さんは生徒になることの方が多かったとか。

本年9月には、このプロジェクトが本になりました。
『東北おんば訳 石川啄木のうた』(編著 新井高子、未来社、1800円)です。おんばたちと新井さんの共同作業の成果、100首の作品が収められ、中に挟まれたエッセイやノートも読みごたえがあります。多くの人が知っている歌が新しい視点から見えてきて、 “もうひとりの啄木“がいたかもしれないと思えてきます。専門の研究者がどんなことを言うのか知りませんが、100年前の歌がこんなかたちで蘇るのはすばらしいことにちがいありません。

なお、同書は、QRコードによって朗読が聴ける仕組みも備えています。協力者であり、おんばの一人である詩人・金野孝子(きんのたかこ)さんの声は、控えめだけど自然で深くて優しい。

良いお仕事をされましたね、新井さん!
(2017年10月24日 菊地史彦)