「1968」はまだそこにある(K’s Letter 2018 No.80)

2018年の年頭に当たり、半世紀前の1968年について書いてみようと思います。
「1968」と符丁のように記されるこの年は、現代史のひとつの転換点です。世界を仕切っていた古いものや強いものが急速に権威を失い、徒手空拳の若者たちが、熱気のこもった新しい言葉や音楽をぶち上げた時代です。こんなとんでもないことが50年も前に、確かにあったんですよ。

昨年、ロンドン帰りの友人からいただいた、ヴィクトリア&アルバート・ミュージアム(以下V&A)の企画展の図録は、“You Say You Want a Revolution?”と題されていました。サブタイトルは、“Records and Rebels 1966-1970”。
2016年10月から17年の2月まで行われた大規模な展示は、1960年代後半の社会運動と対抗文化を多彩な切り口から紹介・考察したものです。

量も質も圧倒的なエキシビジョンであることはすぐに察しがつきました。これは見ておきたい思ってと弾丸とんぼ返り旅行を企てたものの、諸般の事情で諦めざるをえず、友人はそんな私を憐れんで2kgはありそうな図録をはるばる日本まで運んでくださったのです。重ねて御礼申し上げます!

タイトルの“You Say You Want a Revolution?”は、もちろんザ・ビートルズが、1968年8月にリリースした「レヴォリューション」(「ヘイ・ジュード」のB面)の冒頭の一節です。レノン=マッカートニーとクレジットされていますが、実質的にはジョンの曲。当時の彼が、どのように世界を見ていたかを伝えています。

  You say you want a revolution
  Well, you know
  We all want to change the world
  You tell me that it’s evolution
  Well, you know
  We all want to change the world

この後のサビでは、こんな詞も飛び出します。

  But when you talk about destruction
  Don’t you know that you can count me out

  でも、あんたが破壊したいっていうんなら、
  俺は勘定に入れないでくれよな

ジョンは、「暴力沙汰には参加しない」と語っていますが、これはややはぐらかしに近いものだったのではないか。というのは、シングルに先立って録音され、後に2枚組アルバム『ザ・ビートルズ』(いわゆる「ホワイト・アルバム」)に収録された初期バージョン「レヴォリューション1」では、count me outの後、小さく“in”と歌っているからです。「(ホントはさ)俺も頭数に入れてほしいんだよ」というわけです。これぞsong of 1968。ジョンの「世界をぶっ壊す歌」です。

1968年、世界的な経済成長はまだ続いていましたが、“最強国”アメリカの威信は、ベトナム戦争の劣勢や国内の反戦運動やキング牧師の暗殺などによって、確実に低下し始めていました。一方欧州では、「パリ五月革命」を筆頭にイギリス・西ドイツ・イタリアでも広汎な反体制闘争が続発、さらにチェコをはじめとする東欧諸国では、ソ連支配への猛烈な反抗が巻き起こります。
併せてこれらの政治・社会運動に同期して、対抗的要素をたっぷり含む多様な”文化革命”が、世界各地で同時多発的に発生しました。V&Aの図録の序言で、2人のキュレーターは次のように述べています。

1966年から70年への数年間、たかだか1826日の日々が、第二次大戦後の世界の基盤を大きく揺り動かし、紛れもなく我々が生きている今日をつくり出してしまった。というのは、その間、西欧のリベラルな価値観とあらゆる種類の原理主義との厳しいせめぎ合いのど真ん中に、次のような議題が提起されたからだ。すなわち、個人はいかなる権利を持つのか、また個人は国家とどのような関係を取り結ぶのかという問いである。
(Victoria Broackes and Geoffrey Marsh)

確かに、差別・地球環境・技術などの課題をめぐる運動は、ほとんどこの時代に発しています。また、ロック、ファッション、デザインなど消費文化の新しい花形は紛れもなくこの時代の産物です。消費社会が育んだ「個の拡張感」は、ドラッグカルチャーとも連携し、後にパーソナル・コンピュータへも通じていきました。「我々が生きている今日」はこれらのモノとコトに導かれているのです。

同時期、日本でもあちこちで「1968」が発生しました。昨年10月から12月まで、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)で開催された企画展示「『1968年』無数の問いの噴出の時代」は、日本国内の社会運動と大学闘争を中心に、当時の「異議申し立て」の様子を紹介していました。
第一部はベトナム反戦運動、三里塚闘争、水俣病闘争など多様な社会運動を採り上げ、第二部は大学教育の矛盾を背景として、東大・日大を頂点に野火のように燃え広がった全国学園闘争を扱っています。

展示資料は、テーマがテーマだけに、ビラ・ポスター・雑誌など比較的地味なものが多く、ていねいに見せてはいるものの、展示空間がやや単調になってしまったきらいがありました。学芸員の方によるミュージアム・レクチャーも、若い観客に配慮した分かりやすい内容でしたが、今ひとつ核心が見えにくかった印象があります。私見の域を出ませんが、その理由は、“なぜ今、「1968」なのか”が十分に伝わってこなかったからです。

しかしこれは無いものねだりなのかもしれません。
正直なところ、まだ我々は、50年前のこれらの出来事を「消化」はおろか飲み下すことさえできていないからです。当事者の人生に決着がついていないのと同じく、無数の体験は「まだ歴史になっていない」のです。
ただそうした事情を割り引いた上で、なお一抹の無念(のようなもの)が残るのも確かです。それはいったい何故なのか?

V&Aと比べるのは酷と分かっていながら難癖をつけたのは、ミュージアムという文化装置の背景にある、社会意識や歴史意識の「差」が気になるからです。ヨーロッパがこの方面で持ち続けている分厚い文化を改めて語るのも悔しいけれど、やっぱり彼と我の違いは厳然としています。
おそらくここには、「1968」を重要な歴史資産として(また間違いなく文化資本として)保有・運用するイギリス(と特にフランス)と、屑カゴに捨てたままで顧みることをしないこの国の姿勢の差が表れているのではないでしょうか。

もちろんこれは国家の政策というより、我々の意志にかかわる問題です。過去の体験を今の時代へつなげる努力を、私を含む多くの人々が放棄してきた結果といってもいいでしょう。もちろん「1968」だけではありません。被爆と敗戦、占領と憲法、安保と沖縄などをめぐる膨大な記憶は、今こそさまざまな技術と媒体によって再生されるべき時を迎えています。

私の手もとには僅かな手がかりしかありませんが、60台半ばを迎えた者のツトメとして、今年も業務の傍ら、「1968」を含む戦後史への旅を続けていきます。そこには、少なからぬ慙愧の念もあることはいうまでもありません。
どうぞ、引き続きよろしくお願い申し上げます。
(2018年1月9日 菊地史彦)